【NewsPicks対談 #1】なぜメタバースをやるのか?脳科学者に聞いてみた

※本記事は、NewsPicks連載「メタバースって何の略?の”次”を語る会」からの転載です。

株式会社モンドリアン メタバースエバンジェリスト 角田 拓志氏がオーナーを務めるNewsPicks内コミュニティ「メタバースって何の略?の”次”を語る会」。この会の新しいモデレーターに、ハコスコ代表取締役の藤井直敬が就任いたしました。本記事では、就任の際に行われた角田氏と藤井の対談をお届けします。

 

 

角田:「メタバースって何の略?の”次”を語る会」の新しいモデレーターに、脳科学者で、XR・メタバース事業、ブレインテック事業をやっているハコスコ代表取締役、かつXRコンソーシアム、ブレインテックコンソーシアムの代表理事もつとめている、過去の経歴まで並べだすと情報が大渋滞してしまう、藤井直敬さんをお呼びすることにしました。ご自身の経歴、考え方を踏まえた「なぜメタバースをやるのか」というお話しを先日させていただいたのですが、その内容が非常に面白かったので、せっかくなので対談記事というカタチで藤井さんをご紹介できればと思います。

 

「現実を再現するSR」からはじまった

角田:今回藤井さんにお声がけしたのは、メタバースの未来を考える時に、メタバースのことだけを考えても行き着く先は大したこと無いのではないのかと考えたんですよね。むしろ、メタバースは単なる入れ物に過ぎない。その中でどのような未来を目指すのかを考えた時に、ある意味哲学のようなものが必要じゃないかと考えたんです。そんな時「現実科学」という新しい領域に挑戦している藤井さんと知り合って、話してみたらめちゃくちゃ面白くて、これをみなさんにお伝えしたいと思ったからです。藤井さんはいろいろな事をやられていて、幅広い知識と経験をお持ちだと思いますが、まずはそのベースになる脳科学研究を始めたきっかけを教えてください。

藤井:僕はもともと眼科医をしていて、研究では当然眼科のテーマを与えられて、正直つまらないと思いながら実験を半年ほど続けていました。

僕自身もともと、志の低い大学院生だったんです。教授に「眼はつまらないので、脳に興味があります」って言ったら、同じ東北大学の神経科学の教授を紹介してもらって、そこから神経科学を始めました。やってみたらすごく面白くて。

4年が経って、留学について教授に相談したら、MIT(マサチューセッツ工科大学)のポジションを紹介してもらいました。もともと志の低い大学生だった僕ですけど、MITに行ったときはとても志が高かった。4年経って気持ちも大きくなって。「もう日本には帰ってこない!」くらいの気持ちでした。

結局6年半住んで知ったのですが、同じ研究者が同じ実力を持っていても、僕は言葉の問題で2割損しているから勝てないと思ったんです。なのでポジションを取るのも大変で、「損してるな」と思ったんですよね。

そんな時たまたま理化学研究所のオファーをもらったことをきっかけに帰国、その後運良く自分の研究室を理化学研究所で持つことができたので、社会性の研究を始めました。サルとサルの社会行動を研究していた中で、「これを人間でやるには?人の振る舞いを研究するにはどうしたら?」と思うようになって。

とはいえ同じ現実は再現できないんですよ。たとえば「おはよう」の挨拶ひとつでも、日によって気分や状況が少なからず違います。完全に同じ現実を繰り返さないと実験はできず、それがハードルになりました。

そこで「テクノロジーを使って現実を再現できないか?」と研究員と試行錯誤し、SRを制作しました。それがワイアードに紹介されて、多くの方が理研に見学に来てくれました。そんな中たまたまホリエモン(堀江貴文)も来てくれて。「このSRヘッドセットはカスタムで作ったから2,000万円くらいしました。でもこれスマホで作れちゃうんですよね。」という話をしたら、ホリエモンが「じゃあ、やればいいじゃん」と言ってくれました。そのとき僕は「やっていいんだ!」と背中を後押しされた気分になって、そうして始めたのがハコスコなんです。

 

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いつかは「いっさい身体を動かさないメタバース」もできる

角田:サルの社会性の研究からXR研究に移ったんですね。面白い。一方で理化学研究所ではブレイン・マシン・インターフェイスの研究もされていたんですよね。たとえばSAOは、横になったままナーブギアをかぶって自由に動き回れます。実際の身体は動きませんが、頭で考えただけで動きますよね。このような「考えただけで実際身体を動かしたような気持ちになるメタバース」は今後できるんでしょうか?

藤井:いつかはできるんだろうと思っています。現状では「侵襲的な方法」と「非侵襲的な方法」があって、「侵襲的な方法」なら技術的な面が進めば、実現の可能性はあるのではないでしょうか。

一方の「非侵襲的な方法」だと、まだ実現は難しいと思っています。この方法で取れるデータのクオリティは低いので。身体や脳にフィードバックを与えられないため、そういう点では不向きです。だからこそ、脳のインプットとアウトプットの両方に、今までにない新しい原理が必要だと思います。

つまり非侵襲で「全く新しい原理で脳活動を記録して、さらに全く新しい原理で脳に情報を与える」ことが実現できれば、みんながもっと便利に使えるようなツールになると考えています。

 

人の意識がコンピューターにうつれば無限に生きられる?

角田:人の脳がデジタル化できたら、将来的にその人は、「メタバース空間で永遠に生きていく」ということも可能になるのでしょうか?

藤井:もし人の意識をコンピューター上にうつせたなら、電源が切られない限り、動き続けるでしょうね。角田さんはそういう世界に行きたいと思いますか?

角田:完全にSFのようですけど、僕はそういう考え方は好きですね。すごく興味がありますし、できるならやってみたいです。でも結局、僕の意識を主体的にもっているのは僕ですよね。その意識自体をアップロードするわけなので、どこかでコピーされるといったこともあるのでしょうか?

藤井:要するに自分の外側で、自分が生まれているということ。たとえばサーバーなどで動き始めた「角田2」「角田3」「角田4」…などが完成すれば、みんな違う経験をしますよね。そうするとそれぞれが分岐していくじゃないですか。だからときどき同期することで、角田さんが10人いたら10人分の経験を一人のものにできますし、一人10分異なることを勉強したら100分勉強したことと同じになるということです。

角田:めちゃくちゃすごい話で、もはや「経験とは?」といった次元です。ということは、1秒間に1000年生きた経験をすることも可能となりますね。

藤井:果たしてそんなに生きたいのか?という話にもなりますね。

株式会社モンドリアン メタバースエバンジェリスト 角田 拓志氏

 

ハコスコは「現実科学」の実験カンパニー

角田:ハコスコは昨年「メタストア」をリリースしました。今後メタバースに脳科学の技術をどう落とし込んで、どう生かしていきたいか、展望などがあれば教えてください。

藤井:メタバースと脳科学は相性が良いです。それに僕自身「脳の外側と内側から攻めると脳がわかる」という立場でいます。

「脳の外から攻めている」のがメタバースです。「視覚・聴覚のようないろいろな刺激をコントロールし、現実の地続きの延長のように見れる状態にする」ことこそが、メタバースだと思っていて。

ハコスコは「VR」「メタバース」「ブレインテック」の3種類を事業でやってますけど、とくにブレインテックに関して「なんでそんな色んなことやってるの?バラバラですよね」って言われます。一見すると好きなことを勝手にやっているように見えると思います。

でも僕からすると、脳の内側と外側の両方から攻めてるつもりなんです。ブレインテックも今とは異なる非侵襲の新しい技術開発を始めようとしています。メタストアは、そういう色々な試みの一つで、リアルのつながり空間をメタバースで再現することをめざしています。

 

 

メタバースは、時間と空間の制限を取り払ってくれるもの

角田:メタバースと脳科学の技術が進むことで、私達のような一般の方々がどのようなメリットが得られると考えていますか?

藤井:メタバースは、「時間と空間の制限を取り払ってくれる」ものだと思っています。僕自身は「今ここ」をすごく大事にしたほうがいいと思っていて。

僕らはこの身体から離れられません。意識をどこかにアップロードして自分と違うところでその意識が勝手に生活していたら、もはやそれは別人で自分じゃないです。

だから「今ここの自分」、つまり「この場所から地続きにつながる新しい世界」こそがメタバースであるべきだと思ってます。そうしないと単なる「ここじゃないどこか」「よく出来たどこかの世界」になってしまうので。

もちろん今後なにか新しいデバイスが開発されて、メタバース内で本当に自分の身体そのものを動かしてるのと同じような体験が得られるようになればいいけど、現実的にそうじゃないですよね。だから現実と地続きで現実と区別がつかないけれども、その先にある新しい人工的な世界を、僕は作っていきたいと思ってます。

では、その先をなぜ作らなきゃいけないか。今の所そういう世界はなくても生きていけるものですよね。しかし、そういう世界を作ることでこれまでにないゆたかさが提供できると思っていて。現実世界のリソースには制限があるので誰かが持っていたら奪い取るしかありません。でもそんなことはしたくないじゃないですか。

地続きの向こう側が、「制限のない世界」もしくは「制限がすごく低い世界」がつながっている。それがメタバースなんです。今のデジタル技術は電気的なものなので、デジタル化することで、太陽からのエネルギーが来る限りずっとそれを維持できるはず。それが無尽蔵のゆたかさであって、テクノロジーが僕らに与えてくれるゆたかさとはそこだと思っています。

あともう一つのゆたかさは、太陽から来るだけじゃなくて、僕らの脳の中のイマジネーションは誰にも邪魔されないことです。「自由にいろんなことを考えて実現するための場所」がメタバースだと考えたら、脳から無限にリソースが出てくるので低コストですよね。もしみんながちゃんと考えて「何かを作ろう」という気持ちがあれば、それは誰にも邪魔されません。

その2つがあるから僕らはそのメタバースを使うことで、また地続きのメタバースを作ることによって、社会にゆたかさを届けられると信じてます。

角田:メタバースをやる理由は人それぞれですが、藤井さんはは「資源とかリソースを低コストで用意できるから」なんですね。だから人や社会にゆたかさを提供できる。なぜかというとリソースをどんどん用意できるから奪い合いがなくなるから。おもしろいですね。それが言語化されて体系化された話がもっと世に出れば、共感してくれる人も増えていくんじゃないかな。

藤井:それはまさに僕がライフワークとして提唱している「現実科学」という考え方です。現実科学とは今僕らが現実から地続きにデジタルの豊かな世界を作っていけば、新しい現実が出来上がります。でもそのときに嘘も混ざってくるし、悪意のある人がいたらそこで騙されることも大いにあり得ます。まず自分の現実を定義することが一番大事なんです。そこから現実とは何か、どうやったら現実を操作できるかを考えるのが現実科学です。それによって、社会にゆたかさを提供することができるはずです。

角田:地続きのメタバースを作ることで、「物質的なコストが下がってゆたかさは上がっていく」と考えると、メタバースって本質的には資本主義ベースのビジネスには向いてない、という考え方もできますね。

「社会的なゆたかさ」や「情緒的なゆたかさ」を増幅させるのに、コストが下がって分け合うことができれば、そういった部分を増幅させる方向に傾倒できます。メタバースで「リソース自体が低いコストでどんどん準備できる状況」が整えば、社会的な欲求を満たすことも可能です。

それはビジネスや資本主義とはまた違うんですけど、「お金があればあるほどゆたか」じゃなくて、「社会がリソースで満たされれば色んな人が満たされるからゆたか」という状態になっていくのかなと思います。

 

「みんなが使えるもの」にしない限り、意味がない

角田:現代はメタバースをはじめ、ブロックチェーンやインターネット技術が目まぐるしく進化しているので、可能性は無限にあると思います。そのなかで、藤井先生が目指すメタバースと脳科学の在り方、いわゆるゴールはどのような状態なのか、教えていただけますか。

藤井:現実科学という考え方を通じて「人と社会に資する」ことが一番大事だと思っています。自分の興味本位でテクノロジーをいじるのは楽しいし、それで結果的に何らかのいい影響を社会に与えられるなら僕は幸せです。

そういう意味でいうと、「ゆたかさ」をどうやって作るか。それは脳科学も同じです。

たとえば核兵器やミサイルで解決する世界は嫌ですよね。それとは違うロジックで成立するような世界ができたらいいなと思います。そして、それがすべての人に行き渡る方法を考えないと、現状と同じで一部の人だけが幸せになったり楽しくなるだけ。

だからハコスコを始めたとき、「いくらまで値段を下げたら、VRをみんなが楽しめるんだろう」と考えて、原価数百円のダンボール製ビューアーを作りました。

すべての人に使ってもらうテクノロジーにしたくてハコスコを始めたし、メタストアもフリープランは1万円で出してます。みんなに「安すぎる」と怒られるけど、「みんなが使えるもの」にしない限り意味がないので。

もちろんそれをみんなが「使いたい」と思ってくれることが一番大事です。でもその障壁はとことん下げて、あとはみんなが日々使ってくれるものにしたいと思ってます。

料金プラン

 

答えを知らない以上、実験を続けるしかない

角田:今やってるハコスコもメタストアも「安価でメタバースやVRを体験させたい」という思いがありますよね。たとえば「みんなが使えるような状態にする」ために、今後やっていきたいこと、もしくはやろうとしていることはありますか?

藤井:ここ数年、とくにコロナ以降、「現実でできてて、オンラインでできないことってなんだろう」ということをずっと考えていて。

対面でのコミュニケーションをはじめ、現実がいろいろ制限されて仕方なくZoomとかオンラインにうつりましたよね。「そこで失われたものはなんだろう」って。それを今度は「オンラインの利便性の上に実現することはできないだろうか」と、みんなが考えてる。

現段階でもまだまだ、「現実だとできるけどオンラインだとできないこと」っていっぱいあるんです。たとえば繋がり方のスムーズさをはじめ、ストレスの少なさとか。それを一個一個実験的に実装しつつ、「これはいい、これはダメ」を続けながら、プラットフォームを実験場としてやっていきたいです。

角田:おっしゃる通り、みんなで実験しているような段階ですね。最初にコロナが来て、イベントが中止になって「じゃあバーチャルイベントでやろう」って。「これは盛り上がったけど、これはあまり盛り上がらなかった」「これはこうしたほうがよくない?」という感じで話してますね。

 

メタストアでのデモスペース事例

 

チャレンジを続けるには

角田:ライブだけじゃなく小売、接客、教育とかでどんどんやっていって、いろんなアイデアが出てくる中で、いいと思ったものをみんなでやるみたいな。ECとか広告、Web2とかの平面インターネットにおけるECとかWebツールとか、まさにそうだと思います。

メタストアとかハコスコはみんなが参加できるので、参加者がそれぞれチャレンジして、いいアイデアが出てきたらいいですよね。プラットフォーマーとしてコンテンツの一助になることはどんどんやっていって、ぜひそういう場を提供したいです。

 

イトーキのハイブリッドショールーム「ZA SALON(坐サロン)VR」での実証実験にメタストアが採用。制作協力をいたしました。

 

藤井:答えを知らない以上、実験を続けるしかないですよね。「思い付いた端から実験していく」っていうスタンスが、僕がハコスコを始めて10年弱研究者のままで、全く事業家になり得てない理由でもあります(笑)。

角田:こういう領域はまさに事業というか研究というか、実験ですよね。本当にやるべき範囲の話だと思うし、それが正解なような気もします。実験って科学者じゃなくても誰でもできますしね。

藤井:実験しながら、お金が回る仕組みを一緒に作っていけば、ずっと続けられますからね。

角田:そうですね、それを続けるためにも結果を出し続けるというところですね。まさにいろんなメタバースが世に出てますけど、そのほとんどが過去にやったトレースであったりします。どうしてもチャレンジしきれない部分で頑張ってやるにしても、実験には結構なお金もかかります。

「失敗したらもうやりません、」ではなく、「チャレンジして改善していく」というスタンスでやっていきたいですね。

藤井:そうなんですよね。先端技術を誰にでも使えるようにするフェーズって、難しいけどうまくいくと滅茶苦茶楽しいので、ここは続けていきたいところなんですよね。角田さんも同じだと思いますが。

角田:まさにそう。このシリーズを始めたのもそういうメタバースの最高に面白いフェーズについて藤井さんと一緒に考えられたらと思ったからです。そういえば、藤井さんの実験プラットフォームの「メタストア」って誰でも始められるんですか?このコミュニティのみなさんにも実験に参加してもらえたりしたら面白くないですか?要望とか伝えてもらって、改善!改善!みたいな。

藤井:いいですね。メタストアは誰でも簡単に無料で使えるので、ぜひ試してほしいですね。