【NewsPicks対談 #2】「日常的」で「実用的」なメタバースってどんなの?

※本記事は、NewsPicks連載「メタバースって何の略?の”次”を語る会」からの転載です。

メタバースエバンジェリスト 角田 拓志氏がオーナーを務めるNewsPicks内コミュニティ「メタバースって何の略?の”次”を語る会」。本記事では、この会のモデレーターであるハコスコ代表取締役の藤井直敬と角田氏による第二回目の対談をお届けします。

第一回目対談『なぜメタバースをやるのか?脳科学者に聞いてみた』とは視点を変えて、第二回目の今回は「日常的」「実用的」をキーワードに、メタバースについて語ります。

 

 

メタバース、日常的に使っていますか?

藤井:前回は自己紹介的な話だったんですが、今回からはテーマを決めて角田さんとお話できればと思います。

角田:よろしくおねがいします。今日のお題は何でしょうか?

藤井:今日のお題は「日常性」と「実用性」です。

角田:いいですね。その問題は触れてはいけないメタバース業界最大の鬼門では(笑)

藤井:ですよね。でも、「日常性」と「実用性」の二つの課題を突破しないと、本当の意味でメタバースが新しい生活環境として整って行かないと思うんですよね。角田さんはこれまでいろいろな種類の「メタバース」を体験してきたと思うのですが、現状のメタバースは「日常的に誰もが使えるような実用的なもの」になっていると思いますか?

角田:メタバースをどのような意味で捉えるかにもよりますけど、実用化はまだまだだと言ってよいのではないでしょうか。特に「誰もが使える」という点が難しいですね。

もちろん、ソーシャルVRのようなバーチャル環境に没入してもう一つの人生を歩むとか、身体性のあるコミュニケーションを毎日楽しんでいるという人たちも徐々に増えてはいるんですけど、それでもまだ、みんながデバイスを持っていてメタバース空間を日常生活の一部に組み込んでいるわけではないですね。

藤井:使ってる人は超使ってるし、使ってない人は全くってことですよね。ちなみに、角田さんはメタバースを「日常的に」使っていますか?

角田:コミュニケーションツールとしてならよく使っていますよ。VRChatに入ることが多いです。もちろんコミュニケーションツールとして使うと言ってもプライベート利用が殆どで、緊急の業務連絡にメタバースを使うかというとそんなことはないです。そんなときは、普通に電話をかけます(笑)。

 

次に来るのは「深夜のファミレス」?

藤井:「日常的な使用」と一口に言っても、仕事とプライベートのそれぞれにおける「日常的」がありそうですね。プライベートの時間にメタバースを使うとしたら、やっぱりコミュニケーションつまり「会話」が一番大きなボリュームを占めるんでしょうか?

角田:そうだと思います。ただ重要なのは、ここでいう「コミュニケーション」というのは、別に言葉を介したお喋りばかりじゃなくて、ただそこに存在するだけ、といったスタイルも含んでいるということです。それぞれバラバラのことをしていて別に会話はしないけれど、一緒にいるほうがいいから一緒にいる、みたいな状況ってありますよね。たとえば友達の家に遊びに行って、1人がゲームしている横で別の1人が漫画を読んでいるとか。

そんなふうに、楽しくお喋りするばかりじゃなくて、存在とか気配のようなものを共有するコミュニケーションに費やす時間が、プライベートのメタバース利用において多くなるんじゃないかなと思っています。

藤井:気配とか存在感って、やっぱりメタバースが得意なところですよね。非同期のSNSじゃ無理だし、同期された空間で身体が映像として表現されているところが大きいし、それに合わせて聴覚情報も付加されるから他者の実存が立ち上がるんでしょうね。以前、クラスター株式会社CEOの加藤直人さんが「clusterユーザーの話を聞いてみると、みんな深夜のファミレスみたいな使い方をしている」と言っていたのを思い出しました。角田さんのおっしゃっている「気配の共有」みたいなことは、まさしくそれですよね。お互い一緒にいることそれ自体を楽しんでいるというか。

 

(左)藤井直敬氏(右)角田拓志氏

 

角田:まさに深夜のファミレスが物理的な移動無しで楽しめるという感じですね。

藤井:ちなみに角田家では、角田さんがヘッドセットをつけて、家でそんなふうに他人とまったりしていて、なにか問題になったりしないの?

角田:完全に1人のときにやっているので、いまのところは問題になるようなことはないです。リビングに座って一緒にテレビを見るような感覚で、2人並んでVRヘッドマウントディスプレイをかぶるほど、角田家はまだ進化していないです。僕は「VRヘッドセットをつけてメタバースにある誰かの部屋で友達と一緒にいる」ということを、「家に帰ってテレビをつけてソファーに座る」くらいの感覚で捉えているんですけどね。

もうちょっと理解が深まれば、奥さんとかとメタバースに入って、一緒にどこかに行くなんてこともあるのかもしれないですけどね。

藤井:まだ角田家家族の理解はそこまで深まってないんだ。(笑)でも、それが当たり前になるっていうのが、日常性と実用性が実現できたってことですもんね。そうなると、子供もメタバースに入ってきて、偶然メタバースの中ですれ違ってハイタッチするみたいなことだよね。

 

コミュニケーションとジェネレーション

角田:藤井さんはどうですか?ゲームとかします?

藤井:最近僕はゲームをほとんどしないですね。コミュニケーションに関しても、必ずしもメタバースじゃなくていいことが多くて、日常的に使うという感じではないです。そういう意味ではメタバースユーザーとしては完全な落ちこぼれです。こんなところで、こんな対談やってて良いのかっていうくらい。

コミュニケーションだと、僕はミニマルなスタイルを求めている節があって。例えば誰かとオンラインでコミュニケーションをとるにしても、風景とかアバターとかがなくても、「声だけでいいじゃん」って思っちゃうことが多い。一応業界人の端くれではあるけど、「メタバースのことを語ってる人」としてあまりふさわしくないよね。

角田:なるほど。そういう人って実は結構多いんですかね?

藤井:2014年ぐらいの、初期の頃からVR開発をやっている知り合いたちに「かぶってる?」って聞くと、「いや、仕事以外では全然ですよ」とか言う人は結構多いんだよね。この世代は多分日常的には使ってないな、と。

でも、世の中ではそんな開発者ではない「プレイヤーの人たち」が、何千時間と入っていたりするから、やっぱりそこには大きな可能性と魅力があるのはよく分かる。

コミュニケーションということを考えたとき、わざわざメタバースを使う理由というか、メタバースならではの魅力はどこにあるんでしょう?「移動しなくていい」とか?

角田:移動はもちろん、部屋の広さなども含むさまざまな制約から解放されるというのは非常に大きなメリットですよね。他にも自分の姿形を変えることができるとか、物理的な制約に縛られないメタバースならではのメリットはまだまだあると思います。

もちろん、そういうところにあまり魅力を感じないような人もたくさんいると思います。若い世代の方が柔軟に適応しているなという感じもしますし、世代間でも結構差が出そうですよね。

藤井:僕はシニア世代だからな。角田さんは自分のアバターとして、どんなものを使っているんですか?美少女キャラだったりするの?

角田:僕は3種類のアバターを使い分けてますね。正確に言えば4種類か。

一つは普通の男性アバターで、フォーマルな打ち合わせでわかりやすく見せるため。仕事のときは大体それを着てます。もう一つは僕の個人的なアバターで、みかんに手足が生えているもの。それを着ているときの僕は「角田」ではないし、周りも「角田」として扱ってはこないので、より自由に行動できる感じがしますね。

 

角田氏のみかんアバター(本人提供)

 

藤井:僕はVRChatだと標準アバターのゴン太くんみたいなのを使ってますね。アバターでの自己表現が面倒くさくて。

角田:あとは完全に趣味というか、プライベートで楽しむために持っている美少女アバターと、「もくり」っていうもふもふしたアバターですね。もふもふアバターだと、みんながなでてくるので新鮮です。僕(角田)が町を歩いてもなでられることはありませんから。おじさんには絶対ありえない体験ができると、限界突破して自分の可能性が広がっている感じがします。

藤井:もふもふは触りたくなりますよね。ちなみに、フォトリアルな、現実の角田さんと同じ見た目のアバターは使っています?僕は自分でスキャンしたやつをいくつか持っているんだけど、どこか気持ち悪い感じがして、結局使ってないんですよね。

角田:一応持っていますけど、仰る通り、ちょっと気持ち悪いですし、ネタとして使って楽しむくらいですね。笑いのタネにしかなってない。それも一つの「自分」のはずなのに(笑)

藤井:そうですね、アバターって自分自身だから、そのアバターを自己表現の一つとして考えるやり方は自然だと思うし、そのアバターを中心とした事業はメタバースのビジネスとしてありだとは思うけど、それだけじゃマーケットは限界がありますよね。

角田:メタバースを新しい一つの商圏だと考えると、アバタービジネスだけじゃ全然回らないですね。メタバース特有の新しい商売の仕組みが必要なんだと思います。

 

マーケティングツールとしてのメタバースの効用

藤井:前回、メタバースの日常的な利用のうち、プライベートではコミュニケーションが重要になるだろうという話をしました。それでは、仕事におけるメタバースの日常化はどうでしょうか?

僕は、メタバースはどこかで商行為と結びつかないと、本当の意味での日常化には至らないのだと思っています。ものを売ったり買ったりする行為は、僕たちの日常の中で大きな比重を占めていますからね。

けれどいまのメタバースはまだ、事業者が喜んで使うようなものにはなっていませんよね。アパレルブランドが、アバターに着せられる服を販売するような事例はすでにいくらかありますけど、ああいうのは商品を使う場所がメタバースになっただけで、本質的には現実でやっている商売と同じですし。

角田:確かにそうですね。ただ、例えばNFTなんかを駆使して商品に新しい価値を持たせた場合、それは既存の衣服とは違った新しい商品だと捉えてもいいような気がします。

メタバースにおける商売でいま注目されている問題は、メタバースを顧客の購買行動の変化に活用する方法でしょう。メタバースでは、華やかなワールドを作ったり、身体性の伴った接客やコミュニケーションで価値を出したりと、顧客とのコミュニケーションを通じてブランドイメージを高めることが可能になるはずなのですが、まだ誰もその正解を知りません。

藤井:「行動変容を促す」っていうのは、具体的にはどういうことですか?

角田:あらゆるマーケティングは、「消費者に何らかの行動変容を起こさせる」ことを目的に行います。もちろんそれにはいろいろなレベルがあって、例えば何かの商品に関するテレビCMを見た人が、すぐさま購入に走ることもあるだろうし、CMが鮮烈でフレーズや商品名を覚えてしまった人が、コンビニの棚で商品を見かけた時に何気なく手に取ってしまうといったこともあるでしょう。

キャンバスが三次元になり、インタラクションの幅も膨大に増えたメタバースでは、顧客から購買行動を引き出すための全く新しいアプローチが可能になると期待されています。

藤井:なるほど。マーケティングツールとしてのメタバースの効用は、いろいろな企業がいままさに探求をしているところですね。

メタストアでは、さまざまなマーケティングツール事例に取り組んでいる

 

自由過ぎで難しいメタバースでの広告

角田:ただ、メタバースで何かを広告する時、デザインできるパラメーターは本当に膨大です。これまでなら「バラの色は赤、黄色、青、どれがいいか」くらいに検討していた問題が、「色だけじゃなくて、形も提示するタイミングも何でも変えられます」というふうに発散してしまうわけです。

藤井:今後はその膨大なパラメーターを一人一人に合わせてチューニングした、究極のカスタマイズ広告が実現しそうですよね。みんなで同じ場所にいるのに一人一人個別に違ったものを見ている、なんて状況もつくれるわけだから。

角田:この自由度の高さは、「インターネットの次」としてのメタバースの魅力ですよね。

藤井:けれどさっき仰った通り、自由度の高さは難易度の高さでもありますよね。いまのところメタバースの中の広告って、「看板オブジェクトを立てる」くらいのことがほとんどですし。

しかも看板一つ建てるにしても、現実とは全然意味合いが違ってしまう。現実なら空間は全て地続きで、地形もほとんど決まっているようなものだから、人の導線をあらかじめ想定するのは比較的簡単ですけど、メタバースでの「空間」はそんなにシンプルじゃない。

「地点Aから地点Bまでの移動中にこの広告を見せよう」と考えたとしても、メタバースではひょっとすると、地点Aと地点Bはポータルで繋がっているからワープできます、だから「道中」なんてものはありません……なんてことも普通にあり得るわけで。

角田:その通りですね。もっと言えば、現在の2Dのインターネットにおいても、僕らは必ずしも「最適」なマーケティングができているとも限りません。コストをかけていろんなカスタマイズ広告を出したけど、実は何も考えずに直感だけでやった戦略の方がうまくいってしまった、なんてことも日常茶飯事です。そんな状況でさらに自由度が高いメタバースなんてものが出てきても、正直途方にくれてしまいますよね……(笑)。

藤井:最近では、何かを買う時にただボタンをポチッと押すだけじゃなくて、配信サービスを通じて販売者とコミュニケーションを行うライブコマースに価値が見出されていますよね。これはメタバースとも相性がいいように思います。別に新しいことではないけれど、メタバースでは購買コミュニケーション行動もエンタメの一つになるのかもしれません。

 

「何気ない日常の楽しさ」をどうつくるか

藤井:とはいえ、それらはハレとケでいうとエンタメはハレ側というか、瞬間的な爆発を生むような、特別な面白さを提供する体験です。逆に、日常的なケのメタバース利用において、購買行動をどんなふうに絡めていけるのかが気になります。

角田:仰る通りですね。スマホで言うところのLINEとかメッセンジャーに当たるような普段使いのキラーサービスが出てくると、また可能性が広がる感じがします。

藤井:盛り上がっているお祭りでも旅行でもない日常的に何気なく行く買い物の楽しさをメタバースでどうやって再現するかは、ハコスコがやっているメタストアでも大きな課題です。買い物って、コミュニケーションの要素も多分に含まれていますから。

角田:買い物では、一緒に行く人やお店にいる店員さんとはもちろん、店に置いてある商品ともコミュニケーションが発生しますよね。例えば、買いもしない商品をつい手に取って眺めてしまうとか。レジで決済する以外のさまざまな体験が買い物には含まれていて、買い物の楽しさを形作っているんですよね。

Amazonでボタンを押したら翌日商品が届く、というのでも、欲しいものを得るという目的は達成できますけど、そこには多くの体験が抜け落ちている。買い物体験を構成しているさまざまな「変数」は、メタバースで介入する余地も価値も多分にあると思います。

今後いろんなメタバースでのサービスが登場する中で、2Dのインターネットの時代では見落とされていた体験や価値がたくさん見つかっていくはずですし、その中から普段使いするサービスも出てくるのではないかと期待しています。

 

 

買い物客が店員として、勝手にモノを売り出す世界

藤井:メタバースでの買い物体験がみんなの「日常」になるには、一つのお店が捌ける人数を何人まで拡大できるかが課題になります。ユーザーの数だけサービスを広げていかないといけませんから。

例えばメタストアでは、一人の店員が数人の客を相手に密接なコミュニケーションを行えるけれど、Amazonのように何万人という人を同時に相手にすることはまだ難しいんですよね。

角田:なるほど。それを聞いて、インターネット時代の買い物体験で繰り返してきた「集中」と「拡散」の往復を思い出しました。

はじめは個々人のブログやサイトで、アフィリエイトなどを利用してモノを販売していたのが、段々と「まとまっていた方が便利だから」と一箇所に集中してきて、楽天やAmazonのようなECサイトが台頭してきました。

しかし最近ではそれに対して、「直売でやった方がクールだよね」という空気と共にD2C(Direct to Consumer)に注目が集まり、買い物体験がまた個々人へと拡散しています。

藤井:一人一人に手売りをするいまのメタストアに対して、デパートのように一極集中をする方向でスケールさせるサービスは出てくるかもしれませんね。ただ、それだけではやはり難しいこともあって。例えば、大量に店員を雇ったけどお客さんが来なくて暇を持て余す人や時間が出てしまうなど、コストの問題もあります。

角田:実は僕、メタバースには単に商品が一箇所に「集中」するのとは違ったスケールの可能性があるのではないかと思っています。

例えば、メタバースのお店で気に入った商品を見つけたお客さんが、その場で突然店員に変身してもいいかもしれない。メタバースでは、友達をいきなりその空間に呼び出すこともできるし、商品を適切にダウンロードして、開発者にもマージンが入るような形で再販売をすることだってできるでしょう。

お店それ自体は拡散しなくても、お店に来た人たちが商品を拡散するというスケールの可能性もありますよね。

藤井:お店を建てると自分の知らない誰かが勝手に商品を売ってくれるって、すごくいいアイデア!

現在のインフルエンサーは、自分が売りたい商品をSNSで「おすすめ」するっていう間接的な売り方しかできないけれど、メタバースなら直接お店に立って「これを買ってください」と簡単に言えますね。

自分の好きなお店を毎日めぐりながら「今日はこのお店にいます!」なんてフォロワーの人に呼びかけて、生計を立てることができるかもしれない。店側にとっては、もはやポップアップストアが日替わりで100件ずつ発生しているみたいな状態じゃないですか。

角田:しかも、売る側だけじゃなくて買う側も「自分が好きなあの人から買ったんだ」という付加価値を得られるわけで。投げ銭と買い物を同時にするような体験でしょうか。

そんなふうに「人」を起点に何かが広がっていくという可能性が、メタバースの買い物のスケールにはあるなと思いました。

 

「人」と「空間」と「場所」

角田:ところで、メタバースって割と「空間」に着目されがちで、いま話したような「人」の要素は見落とされることが多いですよね。「メタバースで空間を作って発表したけれど、結局人が来なかった」という悲しい事態は、作った「空間」に「人」の要素が考慮されていなかったから起きていると思うのです。

藤井:「劇場」って、本来は空っぽでなんの文脈も持たないただの箱なんだよね。そこに演者が来て、客が来て、演劇が行われることではじめて意味を持つというか。

やっぱり「空間」はただの箱で、そこで「人」がいろんな活動をしてはじめて「場所」になるんですよね。でもいまのメタバースは、ほとんどすべてが箱のまま。特別なイベントがある時はみんなが集まるから機能するけど、そこに日常を持ち込もうとすると圧倒的に「人」的な要素が足りない。

角田:その空間でさまざまな活動を積み上げて意味を持たせる「人」は、「場所」において絶対に必要ですね。例えば武道館とか甲子園とか言われたらそれがどんな場所か分かるのは、そこで人が生み出したドラマの積み上げの結果なわけですし。

藤井:人が生み出したドラマの積み上げって、とてもユニークというか、ある「場所」を唯一無二にする力がありますよね。そう考えると、メタバースの「箱」に必要なのは、ユニーク性だと言い換えられるかもしれません。

角田:確かに。他の空間と交換可能な、文脈を持たない空間が、何かによって限定性を付与されることでユニークな場所になると。

 

 

ユニークな価値を作り出す変数

藤井:いまのメタバースのワールドは、「人(クリエイター)」に紐づけられて「あの人が作った素晴らしい空間」というふうに見られることがあると思います。これからそういうワールドに、場所性というか、さまざまな来訪者のさまざまな活動が積み上がって歴史が生まれていくと素敵ですよね。

角田:ワールドクリエイターだけじゃなくて、来訪者が持つ文脈も、場所性を高める掛け算ですからね。

そういう意味では、「箱」というのも場所性の一つの構成要素でしかなく、別に絶対に必要なものではないのかもしれません。例えばコミケがビックサイト以外の会場で開催されたとしても、(等価とは言わないまでも)コミケがコミケじゃなくなるわけではないですよね。

場所性を生み出すさまざまな変数が、掛け算的に唯一無二の価値を生み出していくという考え方は、メタバースの場所作りにおいても重要になりそうです。

藤井:制限があることで価値が生まれている現実空間と同じように、メタバースでも、その空間の唯一無二性が高まるように要素が積み重なっていく積み上げ的もしくは地層的価値という視点は面白いと思います。そこに誰がいるか、そこで何を売ってるか、何が置いてあるか……という要素の積み上げとその履歴がユニークさにつながる。

角田:「何もしない」という最も制限がかかってない状態って、結局面白くないですからね。ゲームでも、最初から一番強ければ、一番制限がない状態ですけど、全然面白くないですし。

藤井:今回の対談では「日常性」「実用性」をキーワードにメタバースについて話してきたわけだけど、ここにきて「実用性」の問題は「ユニークな価値をどうやって作るか」に通じているような気がしました。

今後メタバースを「日常的にこれがないと暮らせない」というくらい当たり前で不可欠なものにしていくためには、ユニークな場の価値の作り方を考えないといけないですね。

角田:そうですね。あとはその作り出した「新しい価値」に対して、人がどれだけ意味を見いだして、熱狂して、求めて、「もう昔の生活には戻れない」という状態にするか。

藤井:それも重要なことです。今回の対談は、「価値の作り方」という問題設定が大事だと確認したところで一旦締めくくりたいと思いますが、次回以降の対談では引き続きメタバースの価値の作り方について掘り下げていきましょう。今日はありがとうございました!

角田:こちらこそありがとうございました。またお話ししましょう!

 

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